かつて、ワープロがなかった時代。
社員は計算機かそろばんで売上を計算していた。
書類は手書きが大半で、コピー機で手書き用紙を刷って会議に使っていた。
顧客情報は個人の手帳に記載されていたから、「取引先のことは、部署の〇〇さんに聞かないとわからない」世界だった。
だからこそ計算が早い人、手書き文字がキレイな人、顧客情報を抱えている人は優遇された。
ペン字やそろばんは、収入アップに直結するスキルだった。
だが、パソコンの普及が「優秀さ」の定義を変えた。
Excelが計算を肩代わりし、共有フォルダで顧客リストも閲覧できる。
圧倒的な便利さを企業は手に入れ、そしてかつて「優秀」とされてきた人は変化を強いられた。
そろばんの代わりにキーボードのタイピング速度を。
あるいは、顧客メモの代わりに「〇〇さんでないと、依頼したくないよ」と言われる信頼を手に入れられなければ、社内で干される。
干されただけならまだよいが、1995年以降の日本は「失われた20年」と言われるバブル崩壊後の不景気のあおりを受けた。
リストラされたり、会社ごとなくなったりした社員も多い。
そこからはITスキルなしには転職もままならぬ、厳しい世界が待っていた。
そして2020年、新型コロナウイルスは同規模の変化を日本へもたらそうとしている。
目次
FAXでしかやりとりできない会社がゴロゴロしている国、日本
私は新卒の就活支援をして約10年になる。
その経験から、多数の大企業社員にヒアリングを実施してきた。
そして、「まさか、こんなにローテクだなんて」と驚愕するような現場の実態を耳にしてきた。
(具体例)FAXでしかやりとりできないA社
A社は世界最大手の製品を多数抱えるメーカーだ。
しかし、A社では社外のやりとりにほとんどメールを使わない。
というのも、取引先に伝統的な企業が多く、社員の多くがメールを打つスキルがないのだという。
A社の取引先も大手企業だが、いずれも小売業。
小売の現場となる店舗にはパソコンがなく、社員もパソコン技能より接客技術を積む。
したがって、いまだに「A社から展示会の図面をメールで送っても、添付されたPDFファイルを開けない」と、初歩の初歩でつまずく。
だったら、展示会の図面をFAXした方が早い。
……そんなわけで、A社の取引先は何十年も、FAXで画像ファイルをやりとりしてきた。
画質が大事な書類については、急ぎでもバイク便で発送していたという。
書類の「原本」を印刷で求める文化は日本のそこかしこに
最初聞いたときは
「またまた、そんな時代錯誤な話はないでしょう。だって、あのA社でしょ? お取引先も最大手のB社じゃないですか」
と笑っていたのだが、同業界から複数のヒアリングを聞くに、FAX文化は今も現役なのだ。
ここまでローテクな業界は限られるだろうが、それでも「印鑑がないとコトが進まない」会社は多数あるだろう。
私もライターとして原稿を書き、請求書を送る段になって「印刷した請求書へ印鑑を押して郵送してください」という依頼が来ると、
「この編集者さんは送付を嫌がるライターさんに、同じやり取りを何度もしてきたんだろうな……」
と同情しつつも、ちょっと引いてしまう。
私の印鑑は画像ファイルをExcelへ張り付けているため、メールで送って先方が印刷しても何も変わらないからだ。
(自動請求書送付サービスが増えたいま、それすらもローテクに思える……。)
新型コロナウイルスが日本企業のテクノロジーを20年動かす
と、好き勝手言いつつも「請求書は郵送じゃないと」とおっしゃるアラフィフも多数見てきたし、その立場にも共感はしてきた。
“書類は印刷してみないと理解できない”という気持ちは、よくわかるからだ。
私も本はできるだけ紙で買いたい派で、特にしっかり読み込む本はいくらKindleが安かろうと、紙で読む。
いくらローテク、時代遅れと言われようが「そうじゃないと頭に入らない」からだ。
請求書は重要書類のひとつだ。
だから印刷したい。
メールで受け取ったら、自分が印刷せねばならない。
だったら最初から紙で郵送してくれ。
という気持ちも、痛いほどわかるのだ。
だが、新型コロナウイルスは特にアラフィフの、ローテク時代に慣れてきた層を狙い撃ちにするだろう。
なぜなら、新型コロナウイルスの影響が終わったとしても一度ハイテクの利便性を知った企業は、前の世界に戻れないからだ。
新型コロナウイルス後の世界では、具体的に以下2つの変化が予想される。
(1) 在宅勤務で紙頼りの文化が崩壊
直近、思わぬ在宅勤務を強いられている、自宅にプリンタがないアラフィフはしんどい思いをしているだろう。
郵送の請求書も、大事なプレゼンもメールで閲覧せざるをえない。
印刷したければ自宅にプリンタを買うしかない。
だが、自宅へプリンタをセットアップするだけでも、ローテク慣れした業界のアラフィフ世代にはかなりのハードルがある。
さらに、インクジェットプリンタの手間は会社のレーザープリンタの比ではない。
この数か月の在宅勤務でピリピリしたアラフィフは多いはずだ。
だが、まだピリピリしていられる人はいい。
長期的にツライ思いをするのは、いま「実質休み」になっている人だ。
いま在宅でほぼ業務がないのは、会社としてもローテク人材には任せられる仕事がなく、手持ち無沙汰になっている人たちは、コロナ後の世界で「在宅勤務が全面的に広まった」ら、もう仕事がない。
(2) 出張費の大幅な削減
次に起きているのが、出張の削減だ。
外出自粛を言い訳に、企業は出張を大幅に削減した。
その結果、ビデオ通話による遠隔会議が増えた。
オンライン会議システムのZoomは、わずか20日間で1億人増えたという。(出典:https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2004/24/news068.html)
パソコンの黎明期にも、ここまで急激な変化はなかったはずだ。
現在、世界3億人がZoomを使っている。
この変化がもたらすのは「直接会って話そう」という文化の衰退だ。
日本では新規取引先との会議なら、まずは会って話すのが通例。
“顔を見ないと分からない”というロジックだが、ビデオ通話でも顔は見える。
本来ならムダともいえる膨大な交通費と移動時間を使い、旧文化は維持されてきた。
自社でオンライン通話の研修はできても、取引先にまでは強制できなかったからだ。
だが、新型コロナウイルスはオンライン通話を取引先にも要請する言い訳を作った。
一斉にビデオ通話が始まったが、そこでセットアップに苦戦する社員は切り捨てられる。
さらに、ビデオ通話ならではのルールもある。
ゆっくり、ハッキリ話す。
大人数の会議では自分の名前を名乗ってから話し始める。
議事録をGoogleドキュメント等でシェアして、接続環境が悪くても通話を継続できる仕組みにする。
ビデオの照明と高さを合わせる。
これだけで脱落する社員が、どれほど出るだろうか。
いまの大学生なら、息を吸うようにできることが、年を取るとこんなにもキツい。
特にこれまで「何か困ったら若手に聞けばいいや」と思ってきた人ほど、ツケをまとめて払うハメになるだろう。
新型コロナウイルス後も、変化は止まらない
でも、これって全部「新型コロナウイルスの影響がある時期」だけでしょ?
という声もあるだろう。
しかし、私はそう考えていない。
なぜなら、オンライン通話と在宅勤務は企業のコストを大きく削減できるからだ。
オフィスはフリーアドレス(自由席)にして、原則在宅を命じれば、オフィスの規模はいまよりずっと小さくてよい。
原則オンライン通話での営業にすれば、出張費は何割も削減できる。
ここでついていけない社員は「干される」だけならまだいい。
1990年代の悪夢そのままに、不景気が来たら、旧スキルしか持ち合わせていない人材は切られるのだ。
テクノロジーを新聞の片隅で見ている場合ではない
新型コロナウイルス後の世界は、前と同じように見えるだろう。
新宿にも渋谷にも人は溢れ、従来の営業も闊歩するはずだ。
だが、そこには「どうしても現場で機材の調子をいじらねばらないから、今日だけ出社した」「在宅でどうにもならない日だけやって来た」だけの社員が増えていく。
それを「前と変わらない」と悠長に構えれば、いつか自分が切り捨てられる日がくる。
すぐには見えないからこそ、変化は怖いのだ。
「へえ、ネットで会議してるんだ。そんなの、出向いた方が話が早いのにねえ」なんて、日経新聞を横目に見ている場合ではない。
そのうち、「まさかオンライン会議もできない人とは思いませんでした」と、切られる日が来るかもしれないからだ。
今はまだ、間に合う。
遊びでもいいからZoomやWherebyなどのオンライン会議システムを使おう。
iPadなどのタブレットで、直感的に書類を整理するクセをつけてみよう。
たとえば最近、知人がZoom越しに友人とマージャンをしているという話を聞いた。
これぞ、どの世代でも始められる第一歩ではないだろうか。
まずは「遊び」としてぜひ、新しいテクノロジーに触れてほしい。
新しいものを遊びで取り入れられる大人は、いつの時代も生き残ってゆけるからだ。
この記事を書いた人
トイアンナ
外資系企業に数年務め、のちにライターとして独立。
最高月間50万PVを記録したブログ『トイアンナのぐだぐだ』や、その他10以上の媒体で連載中。
6月に新著『恋愛障害 どうして「普通」に愛されないのか?』を発売。女性のキャリアや生き方やを主なテーマとして執筆活動を展開している。
Twitter:@10anj10
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